Brionglóid
愛しの君に剣の誓いを
06
アンディの体力を考えて、一行は一旦場所を移したあと脚を止めることに決めた。
森の中で、水場が近い開けた場所を探し各自適当な所に腰を下ろす。馬を繋ぎに行ったラスティが戻ってきたのを機に、アンディがまずその場で膝をついて騎士の礼を取った。
「私の名はアンドリュー・シルバーストーンと申します。先程は、我が主人をお救い戴いた大恩ある方々に剣を向けるなどと、非礼極まりない態度を取りましたこと、どうかお許し願いたい」
あまりにも生真面目なその態度に、ウェインなどは感慨を受けるどころか飽きれてしまったようで、既に怒る気も起きないらしかった。
クラレンスはといえば、相変わらず黙ったまま、じっと騎士の顔を見つめている。
「恥ずかしい話だが、私はあの時すっかり冷静さを欠いていた。姫の騎士として、主人の顔に泥を塗るわけには行かない。私はあなた方に何をおいても償いをすべきだと思っているが、私には姫を王都まで無事送り届けるという使命がある。もしあなた方が騎士道を重んじるのであれば、申し訳ないが、それに免じて私が使命を全うするまで待ってはいただけないだろうか」
ここまで来ると、流石にラスティも堅苦しさを覚えた。
当のウェインはもう剣を向けられたことなど塵ほども気にしてはいないはずだし、そもそもこちらは騎士道の観点からローザを護衛したわけではなく、金銭でもって雇われた、いわば傭兵のようなものだった。だから、相手にここまで騎士道を通されると、かえって申し訳ないような気がしてくるのである。
「別に、俺達は気にしちゃいないがね。あんたも忘れちまえよ、大事なお役目の真っ最中なんだろ。余計なこと考えてないで……」
ウェインがそう言っている時、彼らの頭上で山鳩が鳴いた。ぴくり、と身動ぎした末弟にいち早く気がついたのは、次兄クラレンスである。
「……ラス?」
「……追っ手が来てる、って。早く行けって」
困惑したように、ラスティはすぐ傍の次兄にそう訴えた。クラレンスはその言葉に表情をやや硬くし、長兄を振り返る。
ウェインは、直接末弟に訊いた。
「追っ手って、どのくらいだかわかるか?」
「正確な数はわからないよ。ただ、たくさん、とだけ……」
ラスティの言葉に、ローザは傍らの騎士にしがみつく。アンディも、強張った表情で幼い女主人の肩を抱いた。
ウェインが、ちょっと考える素振りをした後で若い主従を見た。
「あんたたち、いったい何をやらかしたんだ? 単なる逃避行にしちゃあ、ちょいと向こうさんもやることが派手だぜ」
「…………」
二人は答えなかった。ウェインは、ふん、と鼻を鳴らした。
「まあいいさ。俺達には関係のないことだ。精々頑張りな。……お前ら、出発の準備だ。厄介事に巻き込まれる前にこの場を離れるぞ」
弟二人にそう言い、立ち上がったウェインに、思わずラスティが抗議の声を上げるのと、ローザが待ったをかけるのとはほとんど同時だった。
「そんな、兄さん!」
「ま、待って! お願いよ……!」
ウェインは心底嫌そうに眉間に皺を寄せた。それを見てローザは怯んだが、ラスティはまっすぐ兄を見つめた。
「ねえ、せめて森を出るまで、一緒について行ってあげようよ」
「ラス。俺達が引き受けたのは、あくまでもそのお姫さんの追っ手を蹴散らして、はぐれた騎士を探すところまで、だ」
「報酬なら充分過ぎるくらい貰ったじゃないか。それに、さっきの戦闘で疲れきってるアンディさんじゃ、この先戦い続けるのは無理だよ。兄さんだってわかってるだろ」
「…………」
と、さすがにラスティにばかり任せるわけには行かないと思ったのだろう。ローザも必死になって頼み込んだ。
「ラスの言うとおりだと思うわ。アンディ一人ではいくらなんでも無理。でも、あなた達がいてくれればとっても心強いわ」
「僕は二人の為に何も出来ないけど、兄さん達がついていれば、どれだけ追っ手がいたって無事に森を抜けられると思うんだ」
姫君に懇願され、末弟の大きな瞳に見つめられて、しばらく微動だにしなかったウェインだが、やがて根負けしたのか、大きく溜め息をつきながらがっくりと項垂れた。
「わーかったよ。ったく、俺一人が悪者か」
「あの報酬であれしきの仕事しかしなかったのでは、悪者と言われても無理はなかろうな」
かすかに苦笑して、クラレンスが言った。
まるで他人ごとのようなその言葉に、ウェインは弟を軽くにらみはしても反論はしない。
やがて諦めがついたのか小さく舌打ちを漏らし、それでも抜け目ない表情でウェインは主従を見やった。
「まあいいさ。だが、付き合うからには事情をすっかり話してもらうぜ。それからだ。あんた達、どうもきな臭すぎる。場合によっちゃあ、俺達も降りさせてもらうぞ」
「…………」
きっぱりと言われて、アンディとローザは表情を引き締めた。